あなたっていつも荘

箸にも棒にもかからぬ生きた証と観劇記録を記してます

7月4日(月) 自分がキモくて辛くなってた(何回目?)けどちょっと上向きになった

髪を染めたら、もっと自分を受け入れられなくなってしまった。暗めで艶のある落ち着いた髪色になると思っていた。よくよく思い返すと私のオーダーが悪かった。こうしたいと想定してた写真を見せてイメージ共有するということをせず、こういう感じですかね〜?ってサンプルで見せてもらった色そのままお願いした。

美容院に行く前も、就活前の黒染めした真っ黒で重くて個性のない感じの色がすごく嫌で、逃げたくてとにかく早くと急いでホットペッパーで予約を取った。結局染めても染めなくても自分がキモいのは変わっていない。むしろ今の方が滑稽に見える。

4年前くらいも同じような色していたのに、何で今こんなに気持ち悪いんだろう。見慣れないからなのか。だから違和感があるのか。妊婦さんが体型の変化を受け入れられないみたいな話を聞いたことがあって、それを思い出した。

もともと顔がでかくて鼻もでかくてとにかく不細工で、しかも最近は超太っていて、大袈裟かも知れないけどそういう自分が明るい髪色にしているのがとても情けない生き物に見えて仕方ない。眉毛も黒くてたくましく濃い。ライトブラウンのまゆマスカラを塗って、やっと誤魔化せるくらい。髪色と眉が不釣り合い。眉毛にお前にその色は似合わないと言われているようでどうしようもなくて暴れたくなる。黒染めしていて色が入りにくくて、歪な染まり方をしているように見える。光に当たると濃淡の差が見えてかきむしりたくなる。なんでこんな気持ち悪い人間が存在するんだろうと思う。

馬鹿なのでその辛さを抱えたままの足で、夏服を買いに行った。服を選ぶ時間が何よりも嫌いなのに。半袖が家にほとんどなかったのだ。暑くて汗が溶けた飴みたいに張り付いて耐えられないから、自分が気持ち悪くて泣いているのに、わざわざ人ごみに入っていったのだ。

思った以上に人が多くて、渋谷駅ってこんな感じだったっけ、って思いながら、ふらふら店に入って服を見るけど、自分はここにいちゃいけないような気がしてどんどんしんどくなる。大体こういう服着ておけば大丈夫みたいな指針は、蓄積としてある。そうだとしても、服を見るのは辛い。こんなに気持ち悪い顔なのに、背が低く太っていて、安っぽい惨めな見た目をしているから、服を選ぶような人間じゃないと認識しているし店員さんもそう思ってるんじゃないかなとか思う。何を選んでも虚しい。そのくせ一丁前にいつもと違った雰囲気にしてみたいといった憧れもあって、でもだからといって何を着ても似合わず、また泣きそうになる。

諦めて、家に帰って、zine書きたいからネタだしの続きする。美容院と服屋さんがあまりにもつらかったので、見た目について書こうかなと思い立って、ちょうど田房永子さんの『いつになったらキレイになるの?』をちらっと読んだところだったので、そんな感じの文章を書いてみる。それは自分がいかに気持ち悪いかの解像度を高め、そう感じさせたきっかけをたくさん思いださせた。憂鬱度が3段階くらい上がってしまった。ほんとうに辛いだけで、愚痴の壺という感じで、全く面白くない。コミックエッセイって、明るい風にできるからすごいんだね。文章も無理矢理明るい風にはできると思うけど、それはしたくなかった。筆を折った。

自分のことは好きだけど、自分の見た目が好きではないというのは、自覚しており、受け入れている。自分の容姿を浅いところで受け流して、それ以外の好きな部分を愛することでバランスを取っている。それがちょうどいい。だからその原則を無視して、自分の容姿について憂鬱になるような方向性で書くべきじゃなかったのだ。

さんのエッセイは、見た目についてなんとなく良い感じのオチをつけて1話1話を完結させている。私も真似してみようかと思ったが、さんのオチもそんなに深いとは思わなかったうえにそれの模倣となるとさらに薄っぺらかった。自分の言葉で人を救うというのは難しいなと感じた。そして、安達茉莉子さんの文章が読みたくなった。以前zineを読んだとき、うわすごい、と感じたのをずっと覚えている。助けてくれそうだと思った。そして爆買いしてしまった。金…

自分が辛かったことを人に読ませるために自分の言葉で語り直すのは、私に取って健全じゃないと思った。辛いことを塗り固めていくより、辛いことをいつの間にか忘れているようなことをしたいと思った。誰かと山に登りたくなった。自分が楽しいと思えることで文章を書きたいとおもった。辛かったことは、自分じゃない人に語らせて救いたくなった。

最初からこういう風に日記に書いて頭を冷やせばいいのに、ワンクッションがおけない衝動派だから、食べ物に当たるし人に当たる。ガキだ。早く自分の対処法を覚えないと見限られると思う。ただ愚痴を書ける場所がインターネットにあってよかった。なんで今日冷静になれたかというと、ルナールの『にんじん』を読んだからだと思う。薄暗い部屋という感じだった。明かりはない。今の自分にちょうどいい濃度の根暗さだった。読んでいて気持ちが楽になった。自分の幼少期を見つめ直して書いた自伝的作品らしい。こんなに辛いことを。作家としての技術があり、そして強い人だと思った。